みみにっき

mimiが書く日記です。

ビューティフルハミングバード@初台オペラシティ近江楽堂

ビューティフルハミングバードのライブ、とってもよかったです。
オペラシティにあんなステキな場所があるなんて知らなかった。

初期のハミンバとは違う涙の流し方。
今だからわかるけど、初期のハミンバで受けた衝撃とか感動ってのは、タバティとミッちゃんの衝動とか、とにかく歌を届けようっていうがむしゃらな思いだったのかな、と、きょう思った。

今も忘れない、5年ぐらい前の下北沢440で、ハミンバのライブの後のインターバルの時間に、わけもわからず、泣きながら逃げるように外に出て行っていた人たちの集団を見たことがある。
全員他人同士なのに、いきなり泣きながら外に出て行っていた。
それがとても印象的に記憶に残っている。

あの時は、なんだかわからない、感動するんだけど、それ以上にこの音楽がなんかやベーとか、この歌声に圧倒されたとか、そういう荒削りな迫力みたいな部分がすごいあったなと思う。
泣くんだけど、なんで泣いてるかわからず、私も他のお客さんもぽかーんとしていた。
泣かされていたという感じに近いのかな。

きょう私は、鈴木某プロデューサーのプロデュースする音楽(メジャーの潮音ちゃんとか)は凡庸すぎる割にぜんぜん売れてくれないからめっちゃ嫌いなんですけど、鈴木Pはハミンバにも、潮音ちゃんにも、必要な何かはくれていたんだろうなと思った。
(も、鈴木Pの頭の中の「理想」には、もう付き合ってほしくないけど。あの人の考える理想ってのは、妄想の中の理想の女の子みたいに、キレイに整いすぎていて、現実の世の中で聞くには物足りなさすぎるんですよね。
思い入れって言うのは、隙間にできるものだと私は思います。だから、思い出のもとがそんなキレイに整ってたら、思い入れを入れる隙間もない窮屈なものに感じられてしまう。そういう点で、鈴木S一朗プロデュースって物足りない所で完成してしまうのから、好きじゃないんです。伸びしろがない。そんな教科書みたいな音楽は、つまんねー!と若者としては思います。
もっと言ってしまうと、鈴木Pが作ると、音がリアルじゃないというか、刺激がないというか、冒険してない感じがしてつまらないんです。 そりゃあ、鈴木Pみたいな「一周した」おじさんが聴けば、若者のしようとしている冒険ってのは稚拙な冒険なのかもしれないし、解決方法も鈴木Pならとっくに通ってきた道かもしれないけど、いまを生きる若い人がしている「稚拙な冒険」を同じ目線で生きるものとして敢えて聞きたかったのに、経験を持った人がその冒険を変に手助けして彼らの荒削りさを制しちゃうような、余計なお節介っぽいサウンドが嫌いで。
断然、ハミンバも潮音ちゃんも、インディーズの方が格好良かったよ。)

メジャーでプロデューサーがついていた頃よりも、今のハミンバはもっとアーティスト側に選択の自由があって、自分たちのために音を選んでくれている。聞き手側としての私も、そんなハミンバに時には寄り添ったり少し距離を置いたりして、いつも自分の気持ちいい所にハミンバの歌があってほしいな。
自分の中にハミンバ的な居場所がなくなることは絶対にイヤだっていう、そんな良いなじみ方をしているなーと思ったし、ハミンバの音は自分にはなくてはならないものだなと改めて思いました。
彼らの放つメッセージに感動して泣くというよりは、すごく心が洗われるような、ふっと体から一枚脱ぎ捨てるような感じで、これから自分に起こる出来事にとても素直になれそうなライブでした。この5年という時間の重みを感じました。

そういう意味もあり、ステキなカヴァーを含め1stの歌い直しも入っている、11月5日に出るHIBIKIというハミンバのアルバムが、とっても楽しみです。