みみにっき

mimiが書く日記です。

葉巻とウイスキーと低空飛行

私が20歳の頃はラジオの仕事をしていた。

短大2年の春からフリーで六本木のラジオ局に出入りして、そのまま何だかんだと5年も私は居ついてしまったのだった。その間にお世話になった人には迷惑をかけたり今でもいい関係でいられたり、もちろん様々だけれども、今日はそんなハタチの頃に一緒にお仕事をした某タレント?の元ジャーマネのSさんと8年ぶりに会うことになった。8年ぶり、だって!

きっかけはLINEで、あれって電話帳に番号が入ったままだと、相手がLINEやってると相手の名前が出て、相手も私に気づいてくれて連絡が来て…ということがあるのだね。つまり、いわゆる「出会い直し」だ。一緒に仕事したのは…ホンの半年ぐらいだったはず。だから、あの超多忙の人が覚えてくれてたなんて有り難いなと思う。

Sさんは港区出身港区在住とかだったので、私が深夜番組終わって夜中27時過ぎとかにコーヒーでも飲みながら自転車で帰ろうと思って六本木のTSUTAYAに行くと、そのSさんも誰かとお茶してるのでちょっと話したり…そんな深夜族の気のいい仲間という感じでゆるゆる付き合いがあるにはあったけれど、こんな風に話すのは一緒に仕事しているうちはあまりないことだった。


会うなり「今日はOLとメシ食えると聞いて楽しみにしてきました!」と表層的な事を言いながら(笑)Sさんはあの相変わらずのスマートさを携えて、そこにいた。不思議と8年ぶりという気がしなかった。前菜のおつまみ食べてしゃべりまくってたら、ご飯のメインディッシュまでにお腹いっぱいになって、そのままデザートへ…。お酒も弱いので2杯ずつぐらい飲んでお互い体まで真っ赤という。でも、お互いにそうであるので居心地がいい。飲兵衛の人の強さみたいなのはちょっと羨ましく、憧れている。

そういえば、東京在住の子で久しぶりに会うとき話すのは「311の時どこで何してた?」。これはもう最近鉄板ネタですね。いつ誰に聞いても、みんな思い思いの経験をしているのですごく話が盛り上がってしまう。テレビやメディアが弱くなった今、あまねく全ての人に共通の話題が天災だというのはなんだか複雑。そして今もその地にいるという静かな狂気、みたいなものに自分のことながら苦笑することの繰り返し。


それと、あの華やかな業界の話をした。私たちが通ってきたギョーカイと言われる色々な世界の話だ。憧れ産業の世界だ。そこでSさんとは10も年が離れているのに、なぜこんな同じ感じで話せるのかということにすごく納得が行ったのだけど、Sさんも私も東京モンならではのバイタリティの低さを持ち合わせているのだった(笑)。やはり意思なりなんなりを持って自ら東京に出てきた人と比べて、最初から東京にいた人のモチベーションというか、生命力というか、その弱さって半端ないよね。と。妙に腑に落ちた。いやまぁ例外はもちろんいるのはわかってますよ。

私もいろんな業界で仕事をちょこちょこしてきたけれど、権威的な振る舞いをする人やガツガツすることを是として少しでも異質な人がいると「ノリが悪い」だの「空気読め」だのとさまざま、意味不明な何かをしてくる人は、確かにその手の人だったなと思う。翻って東京人の変わり者ぶりというか、「やりたいことはあるんだけど、人を押しのけてまでその座を欲しいわけではないのでアナタが邪魔するならこっちの隅っこでやってますわウヒヒ…(←この時すごく情けない人に見えるが、あくまで本人は幸せ)」みたいなあの妙な感じはすごい、あるね。そっとしておいて欲しいというか、争いたくないんだよね。幾分小ズルくも見えるかもだけどさ…。

とにかく要するに東京のムーブメントっていうのは、地方の人が作っているんだよねと。これは東京の人間には覆せないかもと。もちろん、私が東京以外の人を悪く言いたいわけではないことは分かって欲しいし、私はそんな都会生まれではない(多摩なんで)けど、10代から業界にいてしまったので、一部にそういうモチベーションを持ってる人は、実際いたなとすごく納得した。もちろん、それがなにか面白いもの作ったりプラスに向けばいいんだけど…

 

「憧れの仕事をやってる自分」が好きでそこに居続けることがモチベーションの源泉であるという人は、私みたいななんか面白いことしたいだけで、死ぬ気で頑張ってるわけでもないふらっと入ってきた新参者なんか気に入らないし、嫌いなのだ。変わりたくないのだ。

だから理不尽な目に遭わせて「業界ってこんなモンだ」とか言ったりする。若い頃の私はその都度、「なんて洗練されてない理由で無駄なことをするんだ!」と心の中で叫んでいた。

大人になって考えたら、向こうも安定と名声の両立を求めてやっと獲得した座にポンと若輩者が入って気に喰わないよねぇとも思えるが、そんな冷たくされても困る。だって東京モンはここで生まれて、何もなければ大抵、東京で暮らすのだ。東京モンにとって東京はチャレンジの場じゃないのだ。ただの生まれた土地の数十km圏内が首都だっただけで。たまにうらやましいって言われるけど、チャレンジする場と青春の場が違って、その上青春の場には海とか山とかそういう豊かさがある方がいいに決まってるじゃん…!

もちろん、競争原理から言ったら正しいのかもしれない。でも競争だけじゃない可能性を感じたからこの業界に入ったというバイタリティ弱く繊細な人々を追い出したら、ただの何でもビカビカで目立てばいいようなクリエイションや、品性が落ちるばかりの世界になるのにな…。

私は、その場に入ってきた時は全く悪意なんてないわけだから、そんなふうに辛く当たる大人に対して若い頃は本当に悲しく、自分が何をしたのかとずっと自問自答していた。でも今はそんなふうに思う必要なんてなく、あの大人げない大人たちがバカだったんだなと思うようにしている。というか、そう思うしか自衛の方法がない。
Sさんはそういう私の反発に共感してくれて嬉しかった。

 

つまりこれは地方の人をdisってるんじゃなく、大人げない大人いい加減にしてよねって話ですね。大人げない大人がなぜ東京でたくさん生まれるのか(生まれ「た」が正しいかも)という疑問が頭の中で湧いたのだった。

そしてそんな東京モンはどうやって生きていけばいいんだろうね、というのが結構なお話のテーゼになってしまい、しかも「余り期待しないことだ」というこれまた消極的な結論になってしまった(笑)。後はそれなりに勉強しないといけないよねとか。ここに居続けるために努力をするのはしんどいね。でも「しんどいよね」と言い合える、期待せず、低空飛行だけど分かり合える人が周りにいて、たまり寄りかかったり出来るから私の今は幸せかも…。

 

ふとSさんが教えてくれた、彼の心の師匠みたいな存在である、編集者やクリエイティブディレクターをされてた古きよき業界の先輩がSさんに言ったという言葉が印象的だった。

「東京は大人を大人にならないまま、子どものままで過ごさせてくれる場所だ。でもお前、だからって女を取っ換え引っ換えやって馬鹿騒ぎなんて、その時楽しいばかりの何にもならねぇことはするんじゃねえよ。きちんと大人になって嫁さん迎えて子どもを育てろよ」

Sさんはこんなことを言われたらしい。「 大人げない大人がなぜ東京でたくさん生まれるのか」っていう私の疑問の一側面を言い表しているなとドキリとした。

たくさん娯楽が集まってきたからなのか、人が集まるからなのかわからないけれど、いい年の人間(これは業界の人間に限らず、どんな人も)が責任を持たず子どものように振舞っていい世界が東京に広がってるというのは間違い無くそうだ。開放感もあって一時的にはすごく楽しいかもしれない。

でも私はそんな東京絶対嫌だ!東京はずっとずっと昔には、のどかで少し寂しいような、穏やかな気配がほわーっと漂うなんでもない場所だったはずだ。娯楽だけじゃなく粋というものがあったはずだ。それは大人が大人として責任を負って生きてきたからのはずなのだ。そんな場所をどんどん削られてるのだ。

多分現代では、もうこれは東京だけの話ではないと思う。様々な土地でそういうことが起きている気がする。これからはこういうクライシスが地方でガンガン起きる予感があるよ。だからその時になったらどうすればいいんだろうね。

今の私には、Sさんにまた会えたように、こんな人達を大事にできたらと思ったりする今日この頃だ。最後まで消極的に、路端のちっちゃい花がまた今年もキレイに咲いた咲かないとかで一喜一憂していたい。その時まで、こんな小さい虫みたいな人間を穏やかに過ごさせてくれる世界だったらいいのだけど…。そのための努力はできるだけしたいなと思った。

 

f:id:kinkyvans:20130622170625j:plain

 

Sさんは、最近そのお師匠さんが長年かけて集めた葉巻のコレクションを譲り受けたそうで、とあるバーでウイスキーを嗜みつつ葉巻吸いに行くのが今すごく楽しいんだよねと言って、23時頃に電車で帰っていった(かつての深夜族が嘘のように早い引け!)。

色々考えすぎてしまう私を「波乱万丈だけど楽しそうだね」と言いながら。
またこれからはちょくちょくご飯食べようと約束しながら。
はい。行きましょう。